最新の腸内科学情報とヨーグルトの歴史からみる乳酸菌製剤
乳酸菌製剤が予防医学として脚光を浴び、疫学面での研究も充実してきました。
ヨーグルトの本場であるヨーロッパでは、
プロバイオティクスに関する総合的な研究 が開始されており、 その成果に期待が寄せられています。
★ヨーグルト(YOGURT)の語源
ブルガリア語。「酸味」「力強い」という意味。
昔から権力者の人名、地名などにも使われています。
★「ヨーグルト」の起源〜 7千年前から食べられていた
ヨーグルトとその仲間の発酵乳の始まりは、木桶や革袋に入れておいた乳に
偶然入り込んだ乳酸菌によってできたものといわれています。
太古の昔、今からおおよそ 7千年前から滋養強壮、万病を治す霊薬として
とらえられ、食べられていたようです。
もちろん、健康効果だけではなく、そのおいしさ( 風味)が人々に親しまれた大きな 要因でもあります。
主に、東ヨーロッパから中央アジア、北アフリカの遊牧民たちにより羊、山羊、
牛、馬などの乳から経験的な製造方法で、生乳より保存性が良く、また、
自然発酵により現在のヨ−グルト状になった食品を、動物性蛋白質やビタミン、
ミネラル源を含む貴重な日常の食糧として利用していたようです。
★ヨーグルトの健康効果が科学的に実証されて乳酸菌を世界で初めて本格的
に調べたのは発酵微生物学の始祖、フランス人のパスツールです。
1857年に、酸っぱくなった乳を顕微鏡で調べた結果、
乳の中に微生物が存在することを認め、乳酸酵母と命名しています。
その後、そのパスツール研究所の研究員となるロシア生まれのノーベル賞生物学者・
メチニコフが、
1900年代の初め、「ブルガリアに長寿者が非常に多いのは
そこに住む人々がヨーグルトを毎日大量にとることによって、 ヨーグルトの中の乳酸菌が
腸内に住みつき、 腸内腐敗菌の増殖と毒素産生を抑え、動脈硬化を防いでいる」
と考え、自らヨーグルトを食べ、周囲の人にとることを薦めたといわれています。
それを裏付けたのがブルガリア人の医学者、グリゴロフです。
1905年、ヨーグルトの乳酸菌を分離し、伝統的なブルガリアヨーグルトが
ブルガリア菌とサーモフィラス菌の2つの菌種であることを発見しました。
これが、今も変わらないヨーグルトの種菌です。
ところで、近年、乳酸菌、腸内細菌の研究が飛躍的に進展し、ヨーグルトの乳酸菌が
そのまま腸内に棲みつくことはないと考えられています。
しかし、メチニコフの提唱は重要で、現在も乳酸菌やヨーグルトの健康効果の科学に
大きな影響を与え、その効果が科学的にさらに次々と明らかになりつつあります。
世界で初めて、ヨーグルトが健康寿命のため、いかに優れているか化学的に実証したノーベル賞学者

イリア・メチニコフ(1845〜1916)
「免疫食細胞説」でノーベル賞を受賞したメチニコフは、晩年、老化は腸内腐敗により
加速されるという説を唱え、 自らブルガリアヨーグルトを食べ証明しようとしました。
彼の主張が正しかったことは、現在も「
プロバイオティクスという言葉になり 証明されています。
★腸内細菌の働きに注目
1845年、ウクライナで生まれたメチニコフは、地元の大学で原生生物の研究を始め、その優れた研究成果から
ヨーロッパ各地の大学、研究機関に招聘され、動物、食細胞学者として高い評価を得ていきます。
そして、1882年、南フランスを中心にコレラが流行した時、彼はその地へ赴き、
仲間とともにコレラ菌を飲みます。
しかし、二人はコレラに未感染であるにもかかわらず、仲間は発病し、彼は発病しませんでした。
そこで彼は、腸内に住みついている細菌叢(腸内細菌叢)の違いなのではないかと考えました。
メチニコフは腸内にいる細菌が外来のコレラ菌と競合したためコレラ菌が増殖
しなかったのに対し、 感染した仲間は、腸内細菌の力が弱かったのではないかというのです。
メチニコフが腸内細菌を取り上げたのは、おそらくこれが初めてのことだったと 思われます。
その後、彼は当時の細菌学研究の最高峰、 パスツール研究所に招聘され、
一部門の責任者として精力的に研究活動を続けます。
やがて、50歳を越えたメチニコフは、老化の研究を本格的に開始したいと願うように なっていました。
★老化は腸内腐敗による自家中毒
高等な動物は、小腸と大腸をもっており、小腸は栄 養分を吸収するのに不可欠な
器官ですが、 大腸は便を一時的に溜めておくだけの「先祖からの遺産」で すでに不用の器官と考えました。
この考えは、「人体の細胞群(フローラ)」として、1901年に発表しています。
自らブルガリアヨーグルトによる食事療法をヨーグルトの中に含まれる乳酸菌により
腐敗菌の働きを抑えればいいと考え、長寿者が多いことで知られるブルガリアの
ヨーグルトを自らが摂る食事療法を始めました。
その際、腸内に有害な菌を送り 込まないようにするため、生のものはできるだけ食べないことも合わせて行い、
亡くなるまで続けました。
しかし、これらはまだ推論に過ぎず、メチニコフはこれを実証するため、
さらに老化と腸内腐敗の研究に熱中します
★ブルガリア菌の発見者グリゴロフとの出会い
メチニコフは腸内細菌と食べ物との関係 に興味をもっていました。
1905年のある日、ジュネーブ大学医学部で細菌学の講座を開いていたグリゴロフと
いう学生がブルガリアヨーグルトの中から数種類の乳酸菌を発見し、
これがブルガリア人の長寿の一端を担っていることを明らかにしたのです。
彼は早速、グリゴロフをパスツール研究所に招き講演を依頼します。
それをきっかけに腸内細菌をさらに調べ始める中で、彼は腸内にはインドールや
フェノールなど有害な物質を作る腐敗菌もいて、これが自家中毒だけでなく動脈硬化
なども起こしていることを動物実験で確かめたのです。
また、腐敗菌はアルカリ性の環境を好み、弱酸性の環境には住みつけないことも 知りました。
これで、ヨーグルトはその乳酸菌の働きにより弱酸性を保ち、腐敗菌の増殖を
防ぐために有効であると考えました。
しかし、ことはそう簡単でないことが後に明らかになります。
ヨーグルト不老長寿説を発表 腸内の善玉菌であるビフィズス菌や乳酸菌を増やす
には、人の消化酵素では消化されない糖や食物繊維が必要であり、
これらを「ビフィズス因子」 と呼ぶようになったのは最近ですが、 メチニコフは100年も前に確かめていたのです。
さらに彼は、腸チフスやコレラなど病原菌に対しても腸内細菌がこれに拮抗的に
働くことも確かめています。
メチニコフはこれらの実験結果によって、ブルガリア桿菌と命名されたグリゴロフの
乳酸菌を摂取することが長寿の秘訣であることを1907年、楽観論者のエッセイ
(不老長寿論)」として発表し、これをきっかけとして、ブルガリア菌を使ったヨーグルト
のメーカーが増えていきました。
100年早過ぎたメチニコフの理論 1916年、メチニコフは71歳で死去します。
彼は病の床でこういっています。
「私がブルガリアヨーグルトの素晴らしさに気づいて食べ始めたのは53歳の時からで
残念ながら遅すぎた。
もっと早くから食べていればもっと長生きできたはずなのに」と。
死後、ブルガリアヨーグルトに含まれている乳酸菌は胃酸により死滅し、
大腸まで到達できないので乳酸菌の飲用は無効という声も当時は聞かれ、
ヨーグルトのブームは一時下火になります。
しかし、私たちが知っているように、メチニコフの考えが正しかったことは100年後の
現代になり明らかになります。
メチニコフこそが腸内細菌叢の重要性に気づいた最初の科学者だったのです。
ヨーグルトで長寿を証明できなかった博士の死 残念ながら、長寿をめざした
にもかかわらず、71歳で亡くなってしまったメチニコフ博士の死後、 明らかになった事実がありました。
彼が食べていたヨーグルトは、乳酸菌の中でもブルガリア菌という菌種で発酵させた
ものでしたが、その後の研究により、このブルガリア菌は人の腸内には住みつけない
菌であることがわかったのです。
これにより、彼が唱えた「ヨーグルト不老長寿説」は急激に説得力を失い、 忘れ去られていきます。
ヨーグルトに使われている菌が、効果はないと思われたからです。
腸内で生きられないのであれば、悪玉菌を駆逐する効果はないと思われたからです。
★よみがえる「メチニコフ説」
しかし、1920年代に入って、ふたたびはっ酵乳ブームがアメリカやヨー口ッパで わきおこります。
今度は、人の腸にもともと住みついているアシドフイルス菌という乳酸菌を使って
「アシドフイルスミルク」や「レフオルムヨーグルト」、「ビオグルト」などが盛んに 作られるようになったのです。
元来、ヨーグルトはおいしく、栄養価の高い食品です。
加えて腸内環境の改善にも役立つとなればいうことはありません。
ということで、ヨーグルトは人々の食生活にどんどん浸透していきました。
ところが、ここでも新たに問題がおこります。
アシドフイルス菌だと思って使用していた菌が、分類学上はアシドフイルス菌
ではなかったことが判明したり、
またアシドフイルス菌はたしかに人の腸に住みついていますが、
牛乳の中で繁殖させたアシドフイルス菌は人の腸内では繁殖力を失ってしまう
ことなどが、研究の結果、わかってきたのです。
それがきっかけで「ヨーグルトや乳酸菌飲料に含まれている乳酸菌は、
はたして人の腸内に住みつくことができるのか」、また「仮に住みつくことができたとして、
それがほんとうに健康増進に役立つのか」といった議論が巻きおこりました。
そして、日本やヨーロッパを中心に、発酵乳や乳酸菌の医学的な効果についての研究が積極的に
行われるようになるのです。
ブルガリア桿菌" 人間の役に立つ乳酸菌 , ヨーグルトを作る乳酸菌
腐敗菌や病原菌が増えるのを防ぎます。牛乳よりも長持ちするのはこのためです。
また、乳酸発酵により消化・吸収されやすい形に変わります。牛乳を飲むと、
お腹がゴロゴロするという人も、ヨーグルトなら食べられるというのも、 こういう特性によります。
乳酸発酵にはこういった働きがあるため、古くからさまざまな食品に利用されて きたのでしょう。
現在では乳酸菌自体から整腸作用に効く薬品なども作られています★腸の中には100兆個の細菌 私たちが食べたものが胃や腸で消化され、残りは尿や便となって排泄されます。その糞便には、じつは、健康な成人の便 1グラムあたり、3000〜5000億個もの細菌が入っています。便の半分くらいは細菌というわけです。これらの細菌の大半は、腸の中に住んでいるものです。その腸内の細菌の数はさらに膨大で、200〜300種類ぐらいの細菌がつねに100兆個も住みついていることがわかっています。大腸菌やビフィズス菌も、こうした腸内細菌の一つです。これらの細菌は、体調や健康状態と密接な関わりを持ち、菌の種類によってさまざまな働きをもち、ヒトの健康に影響を及ぼしています。自らブルガリアヨーグルトによる食事療法をヨーグルトの中に含まれる乳酸菌により腐敗菌の働きを抑えればいいと考え、 長寿者が多いことで知られるブルガリアのヨーグルトを自らが摂る食事療法を始めました。その際、腸内に有害な菌を送り込まないようにするため、生のものはできるだけ食べないことも合わせて行い、亡くなるまで続けました。
★よみがえる「メチニコフ説」。しかし、1920年代に入って、ふたたびはっ酵乳ブームがアメリカやヨー口ッパでわきおこります。 今度は、人の腸にもともと住みついているアシドフイルス菌という乳酸菌を使って「アシドフイルスミルク」や「レフオルムヨーグルト」、 「ビオグルト」などが盛んにつくられるようになったのです。 元来、ヨーグルトはおいしく、栄養価の高い食品です。 加えて腸内環境の改善にも役立つとなればいうことはありません。 ということで、ヨーグルトは人々の食生活にどんどん浸透していきました。 ところが、ここでも新たに問題がおこります。アシドフイルス菌だと思って使用していた菌が、分類学上はアシドフイルス菌ではなかったことが判明したり、またアシドフイルス菌はたしかに人の腸に住みついていますが、牛乳の中で繁殖させたアシドフイルス菌は人の腸内では繁殖力を失ってしまうことなどが、研究の結果、わかってきたのです。 それがきっかけで「ヨーグルトや乳酸菌飲料に含まれている乳酸菌は、はたして人の腸内に住みつくことができるのか」、また「仮に住みつくことができたとして、それがほんとうに健康増進に役立つのか」といった議論が巻きおこりました。 そして、日本やヨーロッパを中心に、発酵乳や乳酸菌の医学的な効果についての研究が積極的に行われるようになるのです。 ブルガリア桿菌" 人間の役に立つ乳酸菌 ヨーグルトを作る乳酸菌 腐敗菌や病原菌が増えるのを防ぎます。牛乳よりも長持ちするのはこのためです。
★腸内にいる「善玉菌」「悪玉菌」「日和見菌」
腸内にいる200〜300種類の細菌にはそれぞれ体にプラスとなる「善玉菌」と
マイナスになる「悪玉菌」があります。
細菌の総量もほぼ決まっていて、一般に、善玉菌が増えると悪玉菌が減り、
善玉菌が減ると悪玉菌が増加します。
このため、腸内での善玉菌、悪玉菌の勢力関係は、健康のためにとても重要に
なります。
≪
善玉菌≫消化吸収を助けたり、病気に対する抵抗力を付ける働きをする「有用菌」
代表格:ビフィズス菌/アシドフィルス菌/ガセリ菌オリゴ糖、牛乳やヨーグルトの
乳糖などを利用して仲間を増やします
≪
悪玉菌≫炎症を起こしたり発がん性のある物質を作る「有害菌」
代表格:大腸菌、ウェルシュ菌、ブドウ球菌などの腐敗菌
タンパク質が大好きな細菌で、タンパク質を分解してさまざまな有害物質を 作り出しながら増殖します。
≪
日和見菌≫ とくに良い働きもしないが、悪い働きもしない細菌。
善玉菌が多い時はおとなしく、悪玉菌が増えると有害な作用を及ぼすことがあります。
生まれた直後のヒトの腸内には細菌はいません。
ところがすぐに大腸菌や腸球菌が住みつきます。
しかし、生後 3〜4日もたつとビフィズス菌(善玉菌)が現れて急激にその勢いを増し、大腸菌や腸球菌は少なくなって、腸内細菌のバランスは保たれるようになります。赤ちゃんの腸内は、母乳やミルクに含まれる乳糖をエサにして善玉菌の代表であるビフィズス菌優性の状態になりますが、離乳してさまざまな食事をとるころから、そのバランスは大人に近いものになっていきます。
ビフィズス菌自体も、乳児型から大人型に変わります。
そして、成年期を過ぎて老年期にさしかかったころからビフィズス菌が減少し、
ウェルシュ菌などの腐敗菌や大腸菌、乳酸桿菌が増えていくのです。
これは、年を重ねると胃酸の働きが低下したり、腸の機能が衰え、食物が腸内に
長くとどまり、悪玉菌が増殖しやすい環境となることが一因だといわれています。
ストレスで変わるバランス 腸内菌叢のバランスの変化は、年齢だけが問題では ありません。
ストレスや病気も勢力分布を変える原因になっています。
ストレスというと、普段の生活では心配事や精神疲労、など精神的なものを意味する
ことが多いようですが、暑さ、寒さや肉体疲労、栄養失調など、
体に負担をかけるものはすべてストレスです。
とくに、大きな精神的ストレスを受けると、ビフィズス菌が急減して、腸内菌叢が
老人型になり、元に戻るには 1週間ぐらいかかることが多いようです。もちろん、病気や手術、抗生物質の服用なども大きく影響します。このように、腸内菌叢はさまざまなことが原因となり、しばしば勢力分布が変わっているのです乳酸菌研究の広がり プロバイオティクス
プレバイオティクス バイオジェニックスという言葉が、バイオサイエンスの
分野で重要視されています。
これらは言葉こそ新しいものの、根底にあるのは100年以上前に メチニコフが
考えたことと同じで、健康の維持・増進のために、現代科学のもと、乳酸菌を
代表とする有用な細菌やその利用食品であるヨーグルトなどが広く活用されています。
ヨーグルトの本場であるヨーロッパでは、プロバイオティクスに関する総合的な研究が開始されており、その成果に期待が
寄せられています。乳酸菌を利用した食品は、牛乳など動物の乳で醸成された動物性乳酸菌では、ヨーグルト、乳酸菌飲料、チーズ、発酵バターなどがあります。
その他、米や麦、果物などで醸成育成された植物性乳酸菌で、酒や漬物、味噌、
醤油などがあります。
たとえば、味噌は、大豆、塩、酵母、乳酸菌を熟成・発酵させたもので、
味噌に入っている乳酸菌は、塩分を和らげる働きをします。
学術的分類と異なり、主に動物性の原料中で増殖する乳酸菌を動物性乳酸菌、
主に植物性の原料中で増殖する乳酸菌を植物性乳酸菌という人もいます。
100年以上前から、日本でも「ヨーグルト」が生産されていました。
ヨーグルトというと、最近日本に来た食品のようですが、じつは奈良時代にも
ヨーグルトと同様のものがすでにあったようです。
日本人が初めて牛乳を飲んだのは、百済 (くだら)から牛が輸入された欽明天皇(在位540〜571)の時代のようです。 やがて、国営の牧場が各地に作られます。牛乳はそのままでは腐敗しやすいため、加熱し、現在のコンデンスミルクやヨーグルトのようなものとしたり、加工してバターやチーズのようなものにして食されたといわれています。しかし、これら乳製品は、それ以降長い間、あくまで極上品で、ほんの一部の人だけのものでした。 明治時代に「ヨーグルト」製品誕生 発酵乳が日本人の食卓にのぼるのは、明治も半ばになった頃のことです。 文明開化により、外国の文化がどっと日本に押し寄せてきました。 食生活にもそれはあらわれ、牛乳が少しずつ飲まれ始まるようになりました。 1894(明治27)年頃、ある人が牛乳の販路拡大の手段として「擬乳(ぎにゅう)」というものを売り出しました。この擬乳というのはヨーグルトのことで、整腸剤というふれこみでした。
1908(明治41)年には、医療の現場で、
フランスから輸入したヨーグルト菌でヨーグルトを作り糖尿病治療に使用され、
効果を上げたといわれています。
その後、明治時代末にヨーグルトや乳製品が続けて販売され、乳酸菌を使った食品
の市場に次々と業者が参入していきます。
大正時代初め頃のヨーグルトの年間生産量は34トンになり、徐々に日本人に 広まっていきます。
この頃から、日本でも「ヨーグルト」と呼ばれるようになりました。
時期は前後しますが、1908(明治41)年には、三島海雲が内蒙古でモンゴル酸乳に
出会い、帰国した後、これにヒントを得て1919(大正8)年には乳酸菌飲料「カルピス」 が発売されています。
しかし、こうして相次いで発売された乳酸菌食品も、まだ、一般家庭の食卓に定着する ほどの拡がりはみせてはいませんでした。
★戦後、1950年からヨーグルト生産が本格化
第2次世界大戦後、日本はしばらく食糧難の時代が続きますが、人々の間で
徐々に優れた健康食品としてヨーグルトが認知されるようになっていきます。
そして、1950年、明治乳業が工場での本格的なヨーグルトの製造を始めました。
この時期、他の乳業会社も次々と製造販売を始めています。
この頃日本で作られていたヨーグルトは、発酵させたものに甘味料と香料を加え、
寒天やゼラチンで固めたものがほとんどです。
これは、日本独特の「ハードヨーグルト」と呼ばれているもので、容器は小型の
ガラスびん(90〜100ml)でした。
1953年には、東京都内だけでも1日5万本のヨーグルトが消費されたといわれています。
その後、ヨーグルトの消費量は拡大し、日本人の食生活に確実に浸透していきます。
開発・製造の分野でも、1964年に、世界に先駆けて日本で「発酵乳の連続発酵装置」の開発に成功。安定した品質のヨーグルトを製造する技術が飛躍的に向上していきます。
そんな中、1969年に果肉を加えたフルーツヨーグルト(ソフトヨーグルト)がプラスティック容器入りで各社から発売されました。
★1971年、日本で初めてプレーンヨーグルト登場
日本でそれまでに発売されていたヨーグルトは、日本人の味覚に合わせ味付けされたもので、日本人の食生活に次第になじみつつありましたが、1971年、日本でもついに、ヨーロッパで主流の健康食品として定着している、甘味料や香料などを加えない
無添加の酸っぱいヨーグルト=「プレーンヨーグルト」が独自に開発され、発売されます
本場ブルガリアの種菌で作られた本格的なこのプレーンヨーグルトの味と食感は、
当時の日本人にとって受け入れにくいものでした。
しかし、徐々にマスコミ等で健康という切り口でその効用が採りあげられ、
とくに1980年代以降、消費者は確実に増えていきました。
その背景には、健康のためというだけではなく、これまでの「たんに食べるだけの
ヨーグルト」から、「料理や飲み物などに幅広く利用できるヨーグルト」として
人々に認知されたことが大きかったといわれています。
★これらの記事は救心製薬学術渡辺先生の記事より先生の許可を得て少し、
ご紹介させていただきました。